窮地

バイバーイ!

佐藤圭太の背中に手を振った後、ノドカは急いで船に乗った。

船頭の山口が声を荒げる。「ノドカ!全員揃ったか?!」

「ハイ!7月4日死亡の3944名、初七日に間に合いました!出航OKです!」

乗船場から静かに船が出た。

霧の中を猛スピードで飛ばす船に乗客たちは驚いている。安藤がノドカに話しかけてきた。

「凄いスピードですね。前がまったく見えない」

「船を使うようになったのは最近ですね。昔はその人の罪の重さで三途の川の渡り方が3つに分かれていました。善人は橋を、罪の軽い者は浅瀬を、罪の重い者は難所を渡っていたんですよ。平安時代以降は船で渡るようになったんですが、船に乗るのも無料じゃありません。六文銭が必要で、持たずに乗った者は三途の川の先で待つ奪衣婆に衣服を奪われるんです」

「そうなんですね…」

(妻が持たせてくれた六文銭…スーツのポケットに入っていたよなぁ…)

ガタ!っと船が揺れて、安藤は隣に座る男性と肩がぶつかった。

「すみません…」

「いえいえ、大丈夫です。しかし先程のお話が大変興味深く、失礼ながら盗み聞きをしてしまいました。」

ノドカは名簿を見ながら

「あー門眞大輔さん、興味がおありですか?」

「凄いあります!さっきだって船が出る直前に大きな不動明王様が現れたじゃないですか。凄い世界ですよココは。盗み聞きなんて失礼かと思いましたが、興味が勝ってしまって」

安藤も頷いていたが、ノドカは平然と「そうですかー。毎日いると慣れますよー」と答えた。

「生きていた頃から不思議なことに凄く興味がありました。陰謀論や都市伝説、たまりませんよね!…あぁ女性の前ですみません、サーフィンの最中に溺死しまして、ほぼ裸ですハハハ」

船がもうすぐ着くという時間になって、安藤が慌てている。

「ノドカさん、六文銭がありません。どうしましょう…」

ノドカは隣に座る門眞に「返しましょうよ」と耳打ちした。

門眞の手から六文銭を取り上げる。

「盗むのは話だけにしてくださいね」

「それはオレのだ!」

叫ぶ門眞をノドカが遮る。

「この六文銭は安藤さんのです。ほら。」

ノドカが手を開いて安藤と門眞に見せた。

「パパ 大好き」

「康君 愛しています」

六文銭には家族の想いが書かれていた。

船が着き、乗客がぞろぞろと降りていく。

「門眞さーん。こちらに着てくださーい」

呼ばれて門眞が向かうと、ノドカの横に一人の老婆が立っていた。

「お前、服を着とらんな」

老婆は門眞の下唇を掴むと、胸元まで一気に皮を剥いだ。

「あああぁぁぁ!!」

悶絶する門眞。

「こちら奪衣婆さんでーす。服を着ていないと皮を剥いできまーす」

イェーイ!とノリノリで「ちなみに奪衣婆さんの旦那さんは閻魔大王様でーす」

そんなノドカの言葉は門眞に届いていない。門眞は全身の皮を剥がされて、床にゴロリと転がっている。

怯えながら先を急ぐ安藤の後ろでは、ノドカの笑い声だけが響いていた。

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この記事を書いた人

東北の某都市の零細企業で働く窓際びんびんサラリーマン。
幼少の頃から霊感の強い母方実家の人間や幽霊屋敷に住む友人などに囲まれて過ごすが、本人に霊感なし。
代表作「ボウィンマンの一言物申す」

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