執念が奇跡を生む

刑法200条 自己又ハ配偶者ノ直系尊属ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期懲役二処ス

1968年10月、父親が実の娘(A子)に殺害される事件が起きました。

事件から数日後、宇都宮に事務所を構える大貫大八弁護士のもとに、依頼人が訪れます。

依頼人は殺害された父親の別居中の妻。被告人A子の母親です。依頼内容はA子の弁護。そこで母親が語った内容は衝撃的なものでした。

被告人のA子(29歳)は14歳の頃に実の父に犯され、それから15年間、近親相姦を強要されていました。逃げ出せば暴力で連れ戻され、ついには逃げることを諦めます。

夫婦同然の生活の中で、A子は父との間に5人の子供を産みます。2人は産まれてまもなく死亡しましたが、3人の子供を育てながら5人で生活していました。

そんな生活の中で、A子は勤め先で恋に落ちます。相手の男性と結婚したいと父に伝えると、父は激昂。A子を監禁します。監禁10日目に父は「お前との子供は始末する。お前はどこまでも追いかけて苦しめる」そう言ってA子に襲いかかりました。

自由になるには父を殺すしかない。枕元にあった腰紐で、父を絞殺したのでした。

これを聞いた大貫大八弁護士と息子の正一弁護士は涙します。助けてやらないとダメだ。

しかし、貧しい母親には弁護士費用など払えません。大貫親子はリュック一杯のじゃがいもで依頼を引き受けたのです。

A子を助けるには刑法200条 尊属殺の規定を違憲とし、無効にするしかありません。そうしないとA子には、死刑又は無期懲役しか待っていないのです。

しかし、当時から尊属殺は年間に何件も起きており、刑法200条は合憲とされていました。普通殺と尊属殺をわけて考えるのは「憲法14条の法の元の平等に反する」との主張にも、最高裁は「夫婦、親子、兄弟等の関係を支配する道徳は、人倫の大本、人類普遍の道徳原理、すなわち学説上所謂自然法に属するものといわなければならない」と退けていました。

刑法200条は、大日本憲法下で制定された、尊属を重んじることを前提としたものだったのです。

いざ戦いのとき。大貫大八弁護士が病で亡くなり、息子の正一弁護士にバトンが託されました。最高裁での正一弁護士の、口頭弁論の一部です。

「刑法200条の合憲論の基本的理由になっている『人倫の大本、人類普遍の道徳原理』に違反したのは一体誰でありましょうか

親子相姦という如き行為は、古代の未開野蛮時代なら格別、人類が神の存在を信じ長い歴史的試練を経て確立した近代文明社会における道徳原理からみれば、何人とも言えども許すことのできない背徳行為であります

かかる畜生にも等しい父親であっても、その子は服従を要求されるのが人類普遍の道徳原理なのでありましょうか」

後は裁判長の判断に委ねます。

判決の日。父、大八弁護士の写真を胸に正一弁護士は、判決の言い渡しを待ちます。

判決は、「被告人を懲役2年6月に処する。この裁判確定の日から3年間、右刑の執行を猶予する」

日本で初めて違憲判決が出た瞬間でした。

違憲判決について最高裁は、「尊属殺を普通殺とわけて考えるのは合憲だが、死刑又は無期懲役に限定している部分が法の元の平等に反して違憲」としたのです。

長く暗い人生を歩んできたA子と大貫親子の勝利でした。

裁判後、平穏な暮らしを取り戻したA子から正一弁護士に年賀状が届くようになります。正一弁護士はある年に返事を書きます。

「もう年賀状を書くのはやめなさい。書くたびにあなたは当時のことを思い出す。私ごと忘れなさい。あなたの人生を生きなさい」

弁護士親子が判例をひっくり返し、女性を救ったお話です。

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この記事を書いた人

東北の某都市の零細企業で働く窓際びんびんサラリーマン。
幼少の頃から霊感の強い母方実家の人間や幽霊屋敷に住む友人などに囲まれて過ごすが、本人に霊感なし。
代表作「ボウィンマンの一言物申す」

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